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旅こそが人生!ラビトリです(o^∀^o)♬
いつも記事をご覧いただきありがとうございます♬

イスラム国の不穏な動きなどがやはり怖いので、イスラム教が広く信仰されている国は気が進まないですよね。

こんな情勢の中、ぜひおすすめしたい旅行先は、ベトナム社会主義共和国です。

宗教分布が仏教(80%)、カトリック、カオダイ教などとなっており、イスラムが全くないわけではありませんが層が薄いのは事実

また料理は日本人の口に合う味付けで、野菜が豊富でヘルシー。世界遺産など見どころも多いし、一番の特徴は物価がとても安いこと!このように旅行者にとっては良いことばかり詰まった国なんです。

教師をしている私も、世界史の授業中にこの国のことを紹介すると、生徒さんは皆行って見たいと口をそろえます。

今回ご紹介するのは、ベトナム観光でも、なかなか旅行者が足を延ばさない(特に日本人はなかなかいかない場所)コアな場所を詳細にお伝えしたいと思います。

1.花モン族に会う!

皆さんは、花モン族って聞いたことがありますか?

ベトナムやラオス、タイなどに居住を構えるモン族の系列では、白モン族、黒モン族、赤モン族、花モン族などがあります。どの民族も華やかな刺繍の民族衣装を着用しているのが特徴です。

この中でも私はビビッドな色使いで魅せてくれる花モン族が大好きで、ベトナムに行くなら、絶対会いに行きたいと思っていました。モン族はベトナム戦争において一番被害を受けた民族の1つ。

戦後は存続が危ぶまれるくらいに衰退しましたが、何とか復興を遂げてきており、肩寄せ合い住んでいる村は観光客も訪れる人気観光地になりつつあります。

花モン族は、ラオカイという都市から車で3時間ほどかかる、バックハーという村に住んでいます。

ベトナムと中国の国境近くの街、ラオカイと言う都市には、首都ハノイから出ている夜行列車に乗車しなければなりません。

出発の日は、ホテル近くにあった屋台で簡単に夕飯を済ませ、ハノイの駅へ向かいました。列車待ちで異常に込み合う待合室を抜けて、夜行列車に乗り込んだのは出発の10分前(出発は22時)。

寝台車はソフトベッドで、コンパートメントの両側上下4ベッドあります。一車両にコンパートメント7つ。この一両が一応一番高い車両でベトナム人はいません。

ここを含めて、ベトナムを訪れる観光客は日本人の割合が少なく、やはりフランス人、それからドイツやイタリアなどヨーロッパ系が目立つという印象を受けました。

もちろん中国や韓国の方もしっかりいました。ベトナムで流通している電化製品も韓国製と中国製が多かったし。ヒュンダイとサムソンばっかり目につきました。

本当に世界中から多くの人が訪れている国ですね。夜行列車は恐ろしく揺れて、結構うるさいのですが、思いのほか振動が心地よく、すぐに爆睡しました。

年季が入っている夜行列車
結構、年季が入っている夜行列車
車両のトイレ
私たちの車両はトイレも多少はきれいでした
夜行電車の個室
とりあえず、個室
夜行電車の天井にぶつかりそうなヨーロッパ人
天井に頭がぶつかりそうな、ヨーロッパ人

ひどい揺れで、脱線したのか??と思い起床。別にそうじゃなくて、もともとこれぐらいの震度を保ちながらここまで運航していたのだと、下車後知りました。

アジア諸国には珍しく、定刻通り到着。その後、駅前の食堂で正体不明の何かを胃袋に叩きこみ、バックハー村に向けて出発しました。(確か麺類だったような気がします。)

ラオカイ駅
ちょっと寂しい表情のラオカイ駅
ワンボックスカー
ワンボックスカーで向かう
路線バス
路線バスもとりあえずある
サンデーマーケット
サンデーマーケットは観光客と地元の人で大賑わい

私はツアーで行ったので、ワンボックス車でバックハーへ向かいましたが、個人でここを訪れる人は、ラオカイと、バックハーを結ぶ路線バスで向かいます。

観光客だけでなく、地元の人も利用しているバスです。山道を3時間ほど揺られて10時頃、花モン族の人たちが買い物をするサンデーマーケットに到着しました。

民族衣装を売る花モン族の人々
自分たちの民族衣装を売る花モン族の人々
生活用品を売る店
生活用品を売る店もある
靴屋さん
靴屋さん
中央通り
中央通りは、すれ違いも大変なくらい混雑

毎週日曜日は、ここでマーケットが開かれます。観光客向けのお土産屋も確かに多いのですが、多くは地元の人たちの生活のためのマーケットになっています。

金物屋、八百屋、雑貨屋など地元の人の生活が垣間見れて、見ていてとても楽しいです。さて私はここに来たら、やりたいと思っていたことが1つありました。それは花モン族の衣装を買うことです。

ベトナム人ガイドさんに通訳してもらって、1つ1つアクセサリーから、購入していこうと思ったら予期していなかった問題が起こりました……。

なんとベトナム語が通じないんです。花モン族独自の言葉が話されていて、ある程度の年配の方はその言葉しか話せないんです。

ようやくベトナム語が通じたのはある程度若い人。ガイドさんもほっとしておりました。

パック購入で苦戦している様子
このバック購入は言葉が通じない為、苦戦
ガイドに購入を手伝ってもらっている様子
ガイドさん(左)も頑張って購入を手伝ってくれた

すべてまとめて売っていないんですね。それぞれの専門店に行く形です。だからガイドさんは大変です。

アクセサリー購入→バック購入→上着購入→スカート購入→頭用のスカーフ購入という具合です。で、コスプレ完成!

お婆ちゃんと1枚
デジカメに驚いていたお婆ちゃんと1枚
女子トークをしていたみんなと1枚
女子トークをしていたみんなと1枚

あちこちのお店で一式揃えて、地元の人に混じってコミュニケーションを取っていると、他の観光客は面白そうに見てきて、いつしか記念撮影大会になっていました。

市場では着る物、食べ物、日用品、それから馬なども売られていていましたよ。(さすがに私のように一式買う人はそんなにいませんでした。アクセサリー程度かな。)

結構、民族衣装は重いんですね。だから1時間でダウン。その後、町中にある食堂でランチ。炒飯と野菜炒めとなんかの揚げ物を食べました。

連れが、しきりにビールが薄い、ビールが薄いとぼやいておりました。相当薄かったようです。私は一滴も飲めないのでミネラルウオーターで水分補給をしておりました。

食後は、ウルルン滞在記さながら(もう古いか・・・)、現地の民家訪問をしてきました。

緑豊かな田舎
緑豊かな田舎
現地の民家
子供はパンツもズボンもはいてない

バックハー村から車で30分、田園風景が一気に広がります。いくつか集落があり、その中の1軒にお邪魔しました。穀倉地帯の風景は日本の田舎町とそっくり。東北地方に来たみたいな印象を受けました。

お邪魔した家は、そのエリアでは庶民の家。ありのままのかたち、姿を見せてくださり、恐縮しました。

子だくさん一家
子だくさん一家で4人ほどいた
一家の主と記念撮影
一家の主と記念撮影

このエリアの平均寿命は60歳。結婚は14歳ぐらいでして、子供は18歳までに産むとか、いろいろ話も聞かせてもらい、貴重な体験をしました。

こちらはベトナム語が通じましたよ。(笑)

建築途中の家
建築途中の家も沢山
建築途中の家
家のつくりはちょっと不安

ベトナムは地震がない国なんですね。だから都市部はレンガ造りも多いし、こんな田舎町は簡単に作られた家ばかり目立ちます。

もちろん貧しさもあるかとは思います。このような現状を多くの方に知ってほしいですね。見学後は、再び車でラオカイの街へ戻りました。

その間3時間は爆睡。16時頃、ラオカイに到着し、しばし中国との国境を眺めました。川の向こうは中国河口と言う街です。

汚い川
驚くほど川は汚い
ベトナム側のゲート
ベトナム側のゲート

もちろん、中国に渡るにはパスポートが必要です。途中まで橋は渡ることができるので、少し中国を眺めてきました。建物を見ているとベトナムよりは発展しているように見えますが、本当のことは分かりません。

中国共産党の・・(以下自重)。そして町中にあるバックマー寺で、旅の無事を祈願しました。やはりすぐそこにあるとあって、中国の影響は非常に受けているお寺です。

その日の夜にまた夜行列車でハノイに戻る旅です。ガイドさんが夕飯までホテルを取ってくれました。この心遣いには感謝。

昨日、お風呂に入っていなかったから、たっぷりと汗を流しました。もちろんバスタブはなかったけど、ラオカイでは結構、良い方のホテルだったのではないでしょうか。

ホテルのテレビ
テレビはもちろんヒュンダイ
ホテルの夕食
夕飯も野菜たっぷり

夕飯は、朝食を食べたところと同じ食堂でした。けっこう繁盛している店のようで、地元の人も観光客も大勢いました。

ここでは、豚バラ肉をザーサイと煮込んだ料理など、中華料理に大きく感化されたいベトナム料理を大いに戴きました。

連れはまたまた異常に薄いラオカイビールを飲みながら、旨い!旨い!と料理に感動しておりましたが、私、実はもうこの時点で非常にお腹が躍るポンポコリン状態でした。

じゃがいものスープ、エビチリのようなもの、牛肉の入った野菜炒めなどは、ほとんど連れの胃袋に収められていきました。

こちらのエリアは大きなポリバケツに水を溜めて一気に皿を洗う感じで、その水は使いまわしなんですね。

ベトナムの都心部は、違うかもしれませんが、お邪魔したこの食堂は1日1回、変えているのかどうかもわかんないくらい汚い水で皿を洗っており、この衛生状態でお腹が、タッタタラリラ~♪になったのだと思います。

ちなみにベトナム旅行中はずっとお腹が不機嫌でした。衛生感覚は日本とやはり違いますからね。日本から持って行った、ビオフェルミンはベトナム旅行中、大活躍していました。

時刻表
読めないけど、時刻表
混雑した切符売り場
帰りの列車待ちで混雑している切符売り場

食後はラオカイの駅に向かいました。駅に到着すると、ハノイ行きの列車を待つ多くの人々で大混雑していました。ベトナムの人は安いハードチェアー座席を買うんですね。

切符売り場では、その切符を買っていたようです。写真を見て頂いたら分かるように、こちらもちゃんと並ぶ習慣がない国。暮らすとなると、ストレスがたまりそうだなぁ・・・・・。

21時、夜行列車に乗車。不安になるようなひどい揺れを感じながらも、いつの間にか爆睡しておりました。

翌朝は6時起床。本来ならば、列車は5時にはハノイ駅に着いていたはずでしたが、見知らぬ駅で停車中。夕べの大雨の影響で列車は遅れているようでした。

2時間半遅れの7時半に無事ハノイ駅に到着しました。

終戦直後のような街並み
終戦直後のような街並みを歩く化粧を落とした私
インターネットカフェ
とりあえずインターネットカフェもある

ラオカイは中国との国境沿いということもあり、料理にしろ、文化的な建物にしろ、中国の影響を強く受けている印象でした。

でもメイン通りを一歩入ると、写真のように終戦直後の日本のような街並みなんですね。

バラックの中に近代文明を無理やり入れている感が何とも言えないわびしさや、もどかしさを見る者に与えてしまう街です。

このように街と文明が釣り合っていない国は、今の時代、いっぱいあるかと思います。

そんな中、そこから3時間ほど山の中に入ったところで肩を寄せ合いながら暮らしている、花モン族の皆さんを見て、民族としての誇り、芯の強さを感じずにはいられませんでした。

ベトナム戦争時、北ベトナム軍として、アメリカ軍に都合のいいように使われていたモン族の皆さん。後で知ることになるのですが、彼らはベトナム人であるという自覚すらなかったというのです。

モン族であり、ベトナム人ではないが、戦争が始まったのでとりあえず自分たちの暮らし、伝統文化が脅かされまいと必死になり、戦争に参加していたんですね。

多数の犠牲者を出し、戦後、移住地を転々としながらも、自分たちの伝統と文化を頑ななまでに守り抜き、バックハーと言う安住の地を見つけた花モン族の皆さん。

鮮やかな民族衣装の陰には、戦争や迫害にも負けず、何が何でも民族の主体性を守り抜きたいとの猛然たる思いが込められていたことも、忘れてはいけないと思います。

★ちょっとブレイク★~ベトナムでプチ体験~

フエの街に滞在していた時のこと。夕涼みしていると突然、天空のラピュタのテーマ曲が聞こえてきたんですね。

何か始まったのか?と音のする方向をよく見てみると、変な機械をごろごろ転がしながらやってくるおばちゃんを発見。お話を伺ってみると、体重と身長を測る装置だとか。

ベトナムは一般家庭に体重計が無いのでこういう商売があるらしいと噂には聞いていましたが、本当にあるとは驚きです。

体重と身長を測る装置
体重と身長を測る装置

面白そうなので挑戦してみました。まずはキーボードで生年月日を入力し、身長と体重を量り、穴に手を突っ込むとX線写真のようなものがパソコンのモニタに表示されます。

これは本物かは分かりません。次にWEBカメラで写真まで撮影。そして、しばらく待っていると、楽しげな音楽とともに、健康状態や運勢が印刷された紙が出てきました。1回5,000D(約25円)話のネタです。

体重も身長も相当出鱈目な数字だったので、信用はまったくできません。(だって体重、65㎏とか出てくるし・・・・そんなにないよ!!)

2.ホイアンでリゾートを体感!

かつてはベトナムのビーチリゾートと言うと、ニャチャンビーチが有名でしたが、今、欧米諸国の人たちがバケーションシーズンになると、こぞって訪れるリゾートが世界遺産の街、ホイアンにあります。

それは、クアダイビーチ(Cua Dai Beach)。今回はこちらを紹介したいと思います。

近年では、お洒落なカフェやリゾートホテルなどが建ち並び、今やベトナムNO.1のリゾート地となりました。真っ青な空、そして海、白い砂浜を思い存分に満喫できる、お勧めのリゾートです。

穏やかなビーチ
波も穏やかなビーチ
絵になるビーチ
どの角度から撮影しても絵になる

私がお世話になったのは、ビクトリアホイアンというホテルです。

ビクトリアホイアン公式ホームページ

このエリアではリゾートホテルの先駆け的な存在です。ホイアンには、フエから車で向かいました。途中、ハイヴァン峠を通過します。

この峠はベトナムの北と南の気候を分けています。

「峠の頂上からの眺めがいいと有名ですよ~。」

とは、ガイドさんの話。2005年にトンネルが開通したそうです。
全長6.3km、それまで1時間かかっていた峠越えがトンネルの開通で6分に短縮されたとか。

またトンネルは日本のODA案件で、電気集塵装置を日本の電機メーカーが手がけたそうで、とても近代的なトンネルでした。

トンネルを抜けるとダナンの街が見えてきました。ダナンは人口100万人超えの大都市で、ベトナムにとっては大変重要な貿易港になっています。

途中、トイレ休憩がてら、お土産屋さんにも寄り道しました。

「ダナンの名産は大理石細工ですよ。」

とガイドさんに伺いましたが、洗練されたデザインではなく、可愛いらしいものでもなかったので結局、何も購入しませんでした。

そこからさらに1時間ほど走って、ホイアンの街を抜けて、ビーチのリゾートへ。

正午過ぎに本日のお宿、ビクトリアホイアンに到着しました。私はいつも格安旅行を堪能しているタイプなので、生まれて初めてと表現しても過言ではないリゾートを目の当たりにして、しばし呆然。

チェックイン待ちの際も、キョロキョロしてしまい不審者状態。部屋に案内してもらっている間も、ずっとのぼせていてホテルスタッフさんの後ろをスキップしていたんじゃないかな?(笑)

リゾートのプール
このプールでは欧米人が朝から泳いでいた
プライベートビーチ
プライベートビーチも広い

部屋に荷物を置いてから、ランチタイム。ビーチサイドのレストランでお昼ごはんを済ませました。この時食べたものはファストフード。

うん、ベトナム料理でお腹も緩くなっていたので、少し締めたいと思いまして…。(締まりませんでしたが…当たり前か。)

印象に残ったのが、私たちが日本人だと気づくと、連れに向かって、「のび太!のび太!」と連呼していたこと。ベトナムではドラえもんが大人気で、翻訳された漫画も発売されているとか。

確かに連れは眼鏡をかけていましたが・・・。だからのび太と言われたのかな。(そんなに似ていませんが…。)

日本人=ドラえもん

本当にドラえもんは世界的なアニメなんですね。とても気さくで陽気なホテルのスタッフさん。滞在中は本当によくしてもらいました。

このホテルは欧米人の観光客ばかり滞在しており、多い順で羅列するとフランス、イタリア、ドイツ、スペイン、イギリス、アメリカ、それから中韓という感じでしょうか。

この日、日本人は私たちだけでした。しかし子供連れの人も目立ったなぁ・・・。

子どものうちから、こんないい思いをさせてはいけません。教育上、悪いです!それに…(以下自重)泊まった部屋も紹介していきますね。

全ての部屋は離れにあり、海沿いに並んだヴィラ風になっています。宿泊した部屋は、宿泊者が日本人だからか、日本を意識した部屋になっていました。

中庭には、竹も見えます。別にスイートルームとかにしたわけではありませんが、オーシャンビューで部屋からは美しい海が堪能できました。

当たり前のようにテーブルの上にはウエルカムフルーツとミネラルウオーターが正座しており、私たちを丁寧に迎えてくれました。

本館から部屋までの道
本館から部屋まで遠い場合は車で送迎もしてくれる
落ち着いた雰囲気の部屋
風通しも良い、落ち着いた雰囲気のお部屋

天井も高い!欧米の観光客を意識した作りですね。時計がないのも特徴。時間を忘れて過ごしてほしいという配慮からでしょうか。

私だけではないとは思うのですが、日本人はこのようリゾートでの時間の過ごし方って下手だと思うんですね。

何かしていなきゃ落ち着かない。ぽけーっと何も考えず、頭をからっぽにすることが本当に下手くそ。

エアコン要らずの部屋
自然の風が気持ち良いのでエアコンいらず
部屋からビーチが見える様子
部屋からすぐにビーチへ出られる

その点、欧米からの観光客は、このような環境での時間の使い方に慣れていますよね。

よく海外の特集番組で目にするとおり、本当にプールサイドで本を開き、眠たくなってきたら本を顔に乗せお昼寝をしているじゃないですか。絶対、内容は頭に入っていないでしょうね。(笑)

読書を楽しむというよりも、非日常的な空間にゆったりと身を浸しながら、絵になる自分を楽しんでいるというか、格好良く見られる方法をよく知っているというか。

これはアジア人の僻みでしょうが、確かにプールサイドに本を持ち込んでも、私たちじゃ様になりません。

リゾートの楽しみ方の1つに、格好良く見られることを楽しむというものもあるのかもしれませんね。

さて、このようなリゾートの過ごし方を知らない私たちは、ひたすら浜辺で泳いだり、疲れたらチェアーに寝転んで注文を取りに来るお兄ちゃんにフルーツジュースを頼んだり、バチャバチャプールで泳いだり、プールサイドで昼寝したりしたりと、忙しく過ごしたのでした。

美しいビーチの風景
いつまでも眺めていたい風景
美しいビーチの風景
天気も良く最高だった(日焼けは半端なかったが・・・)

サンセットをお腹いっぱい堪能した後は、夕飯。忙しく動き回ったせいでお腹もペコペコです。

たいていの観光客はホイアンの街に繰り出しておりましたが、私たちはこのリゾートを骨の髄まで堪能すべく、奮発してホテルで夕飯を取りました。

価格は欧米並み。当たり前か、このホテルは欧米系列なんですからね。
ベトナム滞在中で一番高い夕飯でしたが、(通常が安すぎるんですけどね。300円も支払えば腹いっぱいになるような食堂でしか食べていませんでしたからね。こちらは価格、ゼロ1つは多かったなぁ。)味は最高でした!!

朝浜辺を散歩した時の風景
朝6時でこの明るさ
朝浜辺を散歩した時の風景
牛が砂浜をならしています

朝は6時起床。明るさで目が覚めました。朝食が7時からだったので、それまでしばし浜辺をお散歩しました。でも散歩しているのは私たちだけ。

ほとんどは朝から海に入っている人達、朝からプールに入っている人達、朝から浜辺をジョギングする人達ばかり。なぜ欧米の人達はなぜあんなに元気なのでしょうか。不思議です。

朝食は、果物もびっくりするぐらい種類があって、そのほかローストビーフやら角煮やら多国籍料理がずらりと顔をそろえ、とにかく豪華なものでありました。

スシロールもありましたが、もちろん酢飯ではありません。でも、こんなに豪勢な料理がある中で欧米からの観光客は、こぞってシリアルを食べているのです。

プールサイドの過ごし方、朝の過ごし方を含めて、欧米人の感覚は、最後まで理解できませんでした。

3.ホイアンで歴史を体感!

ホテルを10時にチェックアウトした後、ホイアンの街に戻り、昔ながらの街並みを堪能しました。

この街はベトナム戦争時に空襲を免れたので、建物がみな綺麗に保存されており、ストリートごとに雰囲気は大きく異なります。

ホイアンは日本が安土桃山時代ごろから、世界中から人が集まって栄えた港町です。もちろん日本人もたくさん訪れた場所ですし、ヨーロッパや中国からも多くの人が移り住んだ都市です。

ホイアンの街
ベトナム戦争の被害に遭わなかった貴重な街
ホイアンの街
欧米人にはとても人気のある観光スポット
提灯には日本語
提灯には日本語が・・・。
日本橋(にっぽんばし)
これが日本橋(にっぽんばし)

ホイアンと言ってもピンとこない人は、「朱印船貿易」「ならどうでしょうか?日本史の授業で聞いたことはありませんか?そう、ここホイアンは朱印船貿易の舞台となった場所なのです。

その当時、ホイアンには日本町が築かれ、数100人程度が住んでいたと言われています。

日本人が住んでいたことを示す最も重要な史跡は、ホイアンの中心部を東西に走る目貫通りの西の端にある、日本人の商人たちが資金を出し合って架けたと言われている「日本橋」です。

今は「遠来橋」と呼ばれています。

朱印船貿易が行われなくなり、日本町が衰退したあとリフォームされ、現在は中国の影響を大きく受けた橋になっていますが、今なお大切に利用されています。

町の中心から少し離れた水田の中には、海外渡航禁止令が出た後もホイアンに留まり、中国人の船を利用しながらも交易を続けた谷弥次郎兵衛の墓があるそうです。(私は時間がなくていけませんでしたが…)

ガイドさんの話によると、お墓は、日本の方角を向いて建てられていて、鎖国により故郷へ戻ることかなわなかった深い悲しみが伝わってくるそうです。

修復しながら大事に保存してくれる地元の方
修復しながら大事に保存してくれる地元の方に感謝
本橋の真ん中には祀られている犬
本橋の真ん中には犬が祀られています

街全体は簡易的に作られたな歴史村みたいな感じで、箱庭のようなところにお土産屋ばかりが並ぶ街並みになっており、中途半端なテーマパーク然とした雰囲気ではありましたが、欧米人系にはとても受けておりました。

一見の価値はありますので、ぜひ歴史にそんなに興味のない方も訪れて欲しい場所です。

終わりに

今回のベトナムの旅はいかがでしたか?

ベトナムと言うとホーチミン、戦争博物館、ハノイ、アオザイ、食事と言えばフォーという固定化されたイメージを持っていた方は、私の旅行記を見てベトナムの印象が少し変わったかもしれません。

今回はなかなか日本人が訪れない、ベトナムの中部エリアを中心にご紹介しました。

日本と比べてベトナムはまだまだ発展途上の国です。教育も衛生環境も日本のJICAによる支援を受けているエリアが多数存在します。

今回の記事では登場しませんでしたが、貧富の差は想像以上に大きく、ベトナムにもたくさんのストリートチルドレンがいました。

訪れたフエにも多数おり、何度もペットボトルに入れたガソリンや汚い水、壊れかけのお土産を売りつけられました。

社会主義を思想面から改革すべく、ドイモイ政策(経済の自由化)が1986年から行われていますが、ハノイやホーチミンなどの大都市部は成功を収めていても、地方都市社会はうまく軌道に乗っていないのかもしれません。

日本に伝わってくる情報と現実にずれがある、そんな国だからこそ、できたら10代から20代の若くて体力のある若者に旅をしてもらいたいと思っています。

国の現状を見て「支援しなきゃ!」とか別に動かなくてもいいんです。この国の現状を理解してほしいのです。

そこからスタートしてもらえたらいいと思っています。夏場の繁忙期でも10万円もあれば1週間程旅ができる国です。

世界遺産を巡る旅からリゾートまで網羅している国はなかなかありません。ぜひ、この夏、ベトナムを訪れて見て下さいね。

この記事のまとめ
  • 鮮やかな民族衣装の花モン族と深く触れ合い学びを得よう
  • クアダイビーチのリゾートで頭を空っぽにしてみよう
  • 古くから様々な国と関わりの深いホイアンの街で歴史を感じよう

最後までご覧いただき本当にありがとうございました。

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それではまたラビトリへ遊びに来て下さい(o^∀^o)/